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「文化的な体験」が音の感じ方を左右する?身近な音から考える生活習慣

目覚まし時計のアラーム音、お湯を沸かす音、鳥のさえずりなど、私たちは気付かないうちにさまざまな音や音楽に囲まれて暮らしています。

音響工学、音響心理学を研究されている、九州大学名誉教授・日本大学芸術学研究科非常勤講師の岩宮眞一郎先生は「意識的に聞いている音、聞いていても意識していない音を含めると日常生活に何種類の音があるのか、とても数えきれない」と話します。

岩宮先生によると、不快に感じる音と心地よく感じる音の違いには、音の大きさや性質だけではなく、音に紐づく「文化的な体験」が大きく関係しているのだとか。では、私たちの日常に「音」はどんな影響を及ぼしているのでしょうか。

岩宮先生に生活の中にある音の感じ方や、音を利用することで身につけられる習慣について聞きました。


日常の音の変化に気付いていますか?

暮らしの中には、多様な音が溢れています。家の中にいて聞こえてくる音もあれば、通勤電車のアナウンスや走行音、テレビやスマホで映像を見たり聞いていたりする人も多いのではないでしょうか。

私たちが日常的に聞いている音について、岩宮先生は「実は昔とは変わってきている」と言います。

岩宮:30年ほど前から、日本でも「ユニバーサルデザイン」が取り入れられるようになりました。代表的な例としては街中の建築物の段差を取り除いたりするバリアフリーが挙げられますが、それは音サインに関してもおなじです。たとえば、視覚障害のある方に駅の階段や改札の位置を知らせるために、鳥のさえずり音や「ピンポン」という音が鳴っています。これらは、以前はなかった音なのです。

また、最近はモノづくりにおいて「音のデザイン」が意識されるようになりました。身近なところでは、家電製品のサイン音。メーカーによってバラバラだったものが、今は日本工業規格(JIS規格)の基準に沿ったものになっています。終了を告げるための音は「ピー、ピー」という長い周期の音、注意を促す場合は「ピピピピ」と短く、早い周期の音になっていることが多いです。

 そのような音の変化について「そういえば駅で聞いたことがあるな」と気付く方もいれば、「そんな音、鳴っていた?」と驚いた方もいるのではないでしょうか。先生によると、日常的に聞いている音の多くを人は意識していないのだそう。

岩宮:個人差はありますが、身の回りの無数にある音の中で、私たちが意識して聞いている音は意外と少ないと思います。たとえば、交通量の多い道路のそばに住んでいたら、車の走行音はあまり気にならなくなるでしょう。

また、換気扇のファンが回る音や空調の音など、「鳴っているときは意識しないけれど、止まると音がしなくなったことに気が付く」ことの方が多いです。そのため、騒音レベルが非常に高い音は別として、ずっと音が聞こえ続けることよりも、今まで聞こえていた音が突然止まったり、静かな環境で急に大きな音がしたりするほうが、影響は大きいと思います。

自動車のエンジン音が好きな人、嫌いな人

では、私たちが不快に感じるのはどんな音なのでしょうか。

岩宮:ものすごく大きな音、たとえば地下鉄の車内の走行音に近い80dB(デシベル)以上の音は一般的に騒音と感じられます。
さらには、音の大きさだけでなく、周波数(空気の振動数)の違いによる音の高さも関係します。振動数が1秒間に4000回以上の高い音や、反対に低い音が大音量で聞こえると、耳障りだと感じることが多いでしょう。

そのうえで「一つ注意していただきたいのは、日常的に6時間以上ヘッドフォンやイヤフォンで音楽などを聞いている方」と、岩宮先生は言います。
周囲の音にかき消されないように、気付いたらボリュームが大きくなってしまい、80dB以上の音を聞き続けてしまっている……、なんてことも。

岩宮:また、ずっと音楽を聞き続けたり、テレビを付けっぱなしにしたりしていると、それ以外の心地のいい音を聞き逃してしまうことになります。
環境にもよりますが、雨の音や虫の鳴き声などに耳を澄ませてみることで、音を通じて四季折々の変化を感じることができるものです。そういう音に触れないでいると、感性を豊かにするチャンスを逃してしまうかもしれません。

一方で、心地いい音とは、大き過ぎず小さ過ぎず、周波数が高くも低くもない音だといいます。
心地いい音を聞くと、オキシトシンという“幸せホルモン”が分泌されたり、心拍数が下がったりする傾向が見受けられます。ただ「どんな音を心地いいと感じるかは、音の大きさや周波数だけではなく、個人の文化的な経験によっても違う」と、岩宮先生。

岩宮:雨音や虫の音が心地よく感じるのは、そこから好ましい情景が連想されるという背景があるからです。個人の文化的な経験によって音に対する印象は変わるため、同じ音を聞いても、印象が大きく異なることもあります。

たとえば、自動車のエンジン音。この音をうるさいと感じる人は多いですが、自動車や大型バイクの愛好家は反対に好きだと感じることがあります。私は昔、テレビゲームの電子音についてアンケートを取りましたが、大人はほとんどが「嫌いだ」と答えていたのに対して、子どもは「好きだ」と答えることが多く、年代によって差が出ることがありました。

それでは、文化的な経験による音の感じ方の違いは、どこで生まれるのでしょうか?

岩宮:幼少期の経験による影響が大きいと思います。しかし、大人になってから感じ方が変わることも多くあります。先ほど挙げた自動車のエンジン音などは「子どもの頃から好きだった」という人は少なく、ほとんどの人はある程度年齢を重ねてから好きになっています。

集中力アップ、リラックス、音による習慣づけ

岩宮先生は、音から連想される状況によって感じ方が変わることを利用して、習慣づけをすることもできるかもしれないといいます。

岩宮:「この音楽をかけたら作業に集中する」など、音と習慣を紐づけていくことで、スイッチを切り替えることは可能だと思います。

また睡眠に関しては、スイッチを切り替えるというより、リラックスすることが大切なので、眠る前に静かな環境を作ることが望ましいです。音楽を聞くならメロディーやテンポに変化の少ない、穏やかなものがよいでしょう。音楽の使い方としては、人それぞれに眠りに入るためのルーティンがあると思いますので、「この音楽を聞いたら眠る準備をする」という習慣づけをするのもいいのではないでしょうか。

「日常生活でどんな音が聞こえるか」考えてもピンときませんでしたが、お話を聞いてみると、私たちの心と体は無意識のうちにさまざまな音の影響を受けていることがわかりました。

テレビやスマホなど人工的な音に意識が向きやすい現代ですが、可能な範囲で止めてみると、普段は聞こえていなかった風の音や生き物の鳴き声を通じて、季節を感じる機会が得られるかもしれません。

普段何気なく聞いている「音」ですが、聞く「音」を少し変えてみるなど、身の回りにある音に少し耳を傾け、暮らしをより快適にするヒントを見つけてみてはいかがでしょうか?
普段は気に留めていなかった音が、自分の何気ない毎日にとって欠かせないものであることに気づくかもしれません。

LION Scopeでは、「習慣」についてこれからも広く・深く探究していきます。みなさんも「習慣」について一緒に考えてみませんか?

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