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方言? 標準語? 自分の気持ちを乗せる言葉の選び方

いま、若い世代を中心に、方言を戦略的に活用する人が増えているといいます。
方言を使うと、場の空気がほぐれて雰囲気がよくなる。
出身地のお国言葉を耳にすると、懐かしさで自然と顔がほころぶ。
そんな経験を持つ人も多いでしょう。
「方言はコミュニケーションツールのひとつ」と語るのは、日本大学文理学部国文学科教授の田中ゆかり先生です。
方言研究の専門家である田中先生とともに、自分らしい言葉の習慣について考えてみましょう。


方言に脚光があたる背景は?

コミュニケーションにおいて最も大きな比重を占めるものといえば、やはり言葉でしょう。家族や友人との他愛のない会話、同僚との雑談、大事な会議やプレゼンテーション、SNSやメールでのやりとり……。私たちは日々、膨大な量の言葉を発し、受け取っています。
どんな言葉を使うかは、その人の印象に大きな影響を与える重要な要素です。言葉遣いは、私たちの習慣の最たるものともいえるかもしれません。
ただ、言葉は思いを伝える最大の道具である一方で、うまく表現しきれないという悩みのタネになることも。もっと自分らしい言葉で話したい、と感じたことがある人は少なくないでしょう。

田中:現代は、何を伝えるかということだけでなく、どうやって伝えるかということにも重きが置かれる時代。だからこそ、言葉の使い方に迷ったり、悩んだりすることも多いのだと思います。そうしたときに、ひとつのツールとなりうるのが方言です。地域ごとの方言、お国言葉は、かつてはその地域の人々、家族や地元の仲間うちだけで使われる、いわば「閉じられた空間」での言葉でした。しかし、いま、方言の地位はとても向上していて、価値が高まっています。とくに若い人を中心に、方言を自己演出のツールとして積極的に活用する人が増えています。

ビジネスの場でも方言を織り交ぜることで場をなごませたり、方言で自己紹介をして自身を印象づけたりと、方言が使われる場面は広がり、また肯定的に受け取る人が増えているといいます。地元を離れても、出身地の方言を使い続ける人も少なくありません。

隠すべきものから魅力的な個性へ

田中先生によると、いま、私たちが思い浮かべる方言ができあがったのは、江戸時代。幕藩体制のなかで、地域ごとの言葉が色濃く熟成されていった、という歴史があるそうです。

田中:上級武士や大商人でなければ、生まれた地で一生を終えるのが基本の時代。お国言葉以外で話す必要はありませんでした。しかし、近代国家においては、ひとつの国家にひとつの国語が必須でした。そこで、明治に入ってから東京の山手の教養層の言葉をベースにして考案されたのが、「標準語」です。

その後、戦前まで「標準語政策」が敷かれ、方言は恥ずかしいもの、公的な場にはそぐわないもの、とされてきました。多くの人は地元の方言で育つ「方言モノリンガル」で、標準語は格の高い言葉と思われていたのです。しかし、1960年代に入ると、潮目が変わります。

田中:テレビの登場で、日本全国どこにいても事実上の「標準語」である「全国共通語」が習得できるようになったのが1960年代。「出るところに出たら標準語」「親しい間柄なら方言」と自在に使い分けられるようになった初めての世代が、1960年代生まれなんです。誰もが標準語を使えるようになると、反転してその土地の人でなければ使えない方言は希少価値の高いものとして地位が向上。60年代生まれが社会に出始める1980年ごろから、方言はいいもの、おもしろいもの、かわいいものと、肯定的に捉えられるようになっていきました。

方言で「キャラ変」する

関西弁には「おもしろい」「ひょうきん」、東北弁には「実直」「素朴」、九州弁には「力強い」「大らか」など、方言には多くの人が共通して思い浮かべるイメージがあります。これは、日本語社会の中で醸成されてきた一つの言語ステレオタイプである、と田中先生は指摘します。

田中:北米やヨーロッパでは、その人のルーツを明らかにしたり、出自をネタにしたりすることへのハードルが非常に高い。方言やなまりをその土地の出身者以外が真似することは、差別的だと捉えられます。
一方、日本では初対面の人同士が出身地を聞いたり、方言やイントネーションから出身地を当てたり、あるいは自身の出身地以外の方言を真似することは比較的普通に観察されることですね。方言研究者でなくとも、方言を耳にすると大まかにでもどこの地域の言葉かが分かる。これは、日本語社会の特徴と言えます。

確かに、「なんでやねん!」と言ったら大阪弁、「なんくるないさ」と言ったら沖縄弁、「〜ばい」といったら博多弁など、私たちは特別に教わったわけでもないのに全国各地の方言をパッと判別することができます。さらに、その方言から連想されるイメージ、すなわち方言ステレオタイプを共有している、と田中先生は言います。

田中:ドラマやアニメ、小説、漫画など、さまざまなコンテンツに方言を話すキャラクターが登場し、日常的に多様な方言に触れていることの表れですね。こうした土台があるからこそ、日本では方言のイメージを借りて、自分のキャラクターを演出することも可能。私は「方言コスプレ」と言っていますが、コスチュームで仮装をするように、方言で別キャラをまとう。出身地以外の方言をちらりと借りて、場を盛り上げたり、なごませたりした経験を持つ人は多いでしょう。

改めて普段の会話を見直してみると、ツッコミたいときには関西弁を使ったり、旅行の話をするときには旅した地方の言葉を取り入れてみたり、私たちはきわめて自然に標準語と方言とを使い分けていることに気付かされます。

田中:SNSのアカウントごとに、自分のキャラクターを変えるのと似ているかもしれません。方言と標準語の使い分けは、自分が演出したいキャラクターや作り上げたいムードを知らせるわかりやすいマーカーとなるわけです。SNSでの発信に長けた若い世代は、非常にうまく方言と標準語を使い分けているなと感心します。

方言の希少性と価値が高まるなかで

田中先生の研究では、方言に肯定的な感情を持つ人が増える一方で、地域ごとの方言の特徴は薄れつつある現実も明らかになっています。

田中:共通語化の波を受けて育った若い世代は、日常会話はすべて共通語、という人がほとんど。2015年に全国規模で方言についてのアンケート調査を行った研究では、とくに20代の若者のなかで「わからない」という回答をする人が顕著に増えています。「地元に方言はあるが、自分は使わないから好きか嫌いかはわからない」という若者が、首都圏に限らず、全国的に1割を超えるまでになっています。

リアルな生活においては、コテコテの方言はあまり使われなくなって、若い世代では地元の方言でもわからない、聞き取れない人も増えているようです。

田中:2009年に、奄美、沖縄、八丈島など日本国内の8つの方言がユネスコの危機言語に指定されました。政府も保存・継承活動に力を入れていますが、一度失われた言葉がまた日常的に使われるようになるか、というとなかなか難しいでしょう。
一方で、方言が完全になくなることはない、と私は考えています。たとえば語尾に「ごわす」「じゃん」「だべ」といった言葉をつけるだけでも、共通語にはない温かさや親しみ感を演出できますね。これら気持ちを表す役割を備えた文末表現や、「うち」「わい」などの一人称、さらにはアクセントやイントネーションなどで、地域性とともに親密さをあらわす習慣はこれから先もずっと残り続けるはずです。

コミュニケーションのカードをたくさん持って

日常言葉の歴史を振り返ってみると、それぞれの地元の言葉である方言ものリンガル時代から、共通語と地元の方言を自在に使い分けるバイリンガルの時代へ、そして共通語をメインとしてさまざまな方言を演出的、戦略的に取り入れることもできる時代へと、言葉遣いの習慣も変化してきたことがわかります。

田中:雰囲気がほぐれたり、気持ちが伝わりやすくなったり、話しやすくなったりと、方言の活用にはポジティブな面もたくさん。一方で、場面や相手によっては「その場にふさわしくない」「ふざけている」と否定的に受け止められる可能性もあります。ただ、方言を使ってみて相手の反応がよくなければ、「冗談、冗談!」とサッと引っ込めることもできます。苦手だと思い込んでいた人に、方言で話しかけてみたら意外と話がはずんだ、なんてこともあるかもしれません。

方言に限らず、コミュニケーションは相手があってのものです。方言、共通語、またカジュアルな表現からフォーマルな敬語表現まで、さまざまな引き出しを持つことで、コミュニケーションの幅が広がることは間違いないでしょう。

田中:たとえば自分の本意でないことをやるとき、ちょっと背伸びをして頑張るとき、使う言葉を変えてキャラを変えれば「今は仕事の私!」「今日はかっこつけていく!」と、自分自身の気持ちを盛り上げたり、整えたりすることもできる。きっと無意識のうちに、そんなふうに自己演出をしている人も多いと思いますよ。

「方言ってかわいい」「方言って温かい」「自分の方言を使うと、気楽で話しやすい」。
方言について改めて深掘りしてみることで、自身のルーツともいえる方言について見直したり、多様な方言が使われる日本文化のおもしろさに気づいたり、さまざまな発見があったのではないでしょうか。

普段なにげなく使っている言葉に、少し意識を向けてみる。
いつもと違う自分を演出するために、言葉づかいを工夫してみる。
あるいは、自分らしさを伝えるために、語彙を増やす努力をしてみる。
言葉で考え、言葉でコミュニケーションをする私たちだからこそ、言葉に意識を向けることで日常に新たな変化をもたらすきっかけになるかもしれません。

LION SCOPEでは「習慣」についてこれからも広く・深く探求していきます。みなさんも「習慣」について一緒に考えてみませんか?

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