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「好き」を持続するにはセーブすることも必要?『銭湯図解』作者の習慣

みなさんは、寝食を忘れてしまうほど夢中になってしまう好きなものはありますか? 
人生に「好き」があることは、日々の生活に張り合いを持たせてくれますし、気力を充実させてくれます。
ただ、そのせいで生活リズムが崩れたり、果ては体調を損ねてしまったりということも……。
いま、この瞬間の「好き」を満足させるためではなく、その気持ちを長続きさせるためには日々の工夫や意識も大切なのではないでしょうか?
 
今回は「好き」と上手に距離を保ちながら、その気持ちを持続可能なかたちで未来へとつないでいくために、うまく習慣化している人に話を聞きました。


今回お話をお聞きしたのは、銭湯に集う人々の愛すべき姿を『銭湯図解』としてイラスト化している塩谷歩波さん。
アイソメトリックという物体を斜め上から俯瞰したように描写する建築図法で、現在は銭湯にとどまらず、レストラン、ギャラリー、茶室などさまざまな建物の図解を制作され、ご自身をモデルにした映画やドラマが公開されるなど、幅広く活躍されています。
 

純喫茶図解 西荻窪「それいゆ」

沈んだ気持ちを忘れられた、銭湯での何気ない会話

もともとは建築家になることを志していた塩谷さん。しかし、ご自身も認める「頑張り過ぎてしまう性格」が悪い方向に働いてしまい、建築事務所に就職して1年半ほどで体調を崩し、休職を余儀なくされてしまいます。そんなとき、大学時代の先輩に誘われてふらっと訪ねたのが「銭湯」でした。
 
塩谷さん:その頃はかなり落ち込んで、気持ちがふさがっていた時期でした。久しぶりに行った銭湯がとても気持ち良くて、心がほどけたというのでしょうか。そういう体験もあって「銭湯ってすばらしいな」と思いました。そのとき、そこでたまたま出会ったおばあさんに話しかけられたのですが、天気のことなど何気ないやりとりの瞬間は落ち込んでいる自分を忘れられて。それも自分にとってはすごく良い経験になりましたね。

塩谷さんが以前働いていた、東京・高円寺にある小杉湯(『銭湯図解』(中央公論新社)より)

「銭湯」の魅力にはまっていった塩谷さん。その魅力を友人にも伝えたいと思い、建築で習得したアイソメトリック法による図解イラストをSNSに投稿したことで、一躍注目を浴びることになります。
 
塩谷さん:当時はあまり自分の絵に自信がなかったんです。だから「ネットで絵がバズって」みたいな人を見かけたりするけど、まさか自分がそういう立場になると思っていなかったので、すごく驚きました。でもうれしかったですね。

その後、実際に東京・高円寺の小杉湯で番頭として働き始め、ますます「銭湯図解」にものめり込んでいった塩谷さんですが、現在は「銭湯」からは少し離れ、子どもの頃からの夢だった画家としてのキャリアを歩んでいらっしゃいます。
 

瞬間のためではなく、明日につながるための習慣

思いがけない出会いや紆余曲折を経て、好きからはじまった創作活動に対し意欲的に取り組んでいる塩谷さん。充実した毎日を過ごしているそうですが、暮らしのなかで「習慣」のとらえ方も変わったそうです。そのひとつとして、銭湯を通じて再確認した「入浴」があります。
 
塩谷さん:銭湯に出会う前は「カラスの行水」レベルだったかもしれないですが、いまは入浴がものすごく好きです。どれだけ忙しくても、どれだけ夜遅くなってもシャワーだけで済ますのではなく、お風呂に入っています。
 
絵を描いていると、つねに神経をとがらせているので、頭がかなり疲れてしまうんです。そうすると、夜なかなか眠れなくなることがあるので、お風呂に入りながら今日あったことを思い返して、自問自答する時間にしています。それで頭のなかが整理されてリセットできるので、ようやく眠れる頭の状態になるんです。

東京・国立にある鳩の湯の図解

また、銭湯はもちろん、自宅の浴室にもスマホなどのデジタル機器は持ち込まないというのが塩谷さんの習慣だそうです。
 
塩谷さん:銭湯にスマホを持って入るのは盗撮の可能性もあるからダメというのもあるのですが、普段どんなところにいてもスマホが見られる状態だからこそ、銭湯ってデジタルデトックスの場所ともいえますよね。それがいまの自分には必要だと思うから、自宅のお風呂場でもデジタル機器を禁止しています。お風呂場でスマホを見たりするのはすごくもったいない気がするし、生活のなかに「スマホを見られない」という場所をつくったほうがいいと思うんですよね。
 

「好き」を続けるために、「好き」をセーブする

入浴という毎日何気なく続けている習慣をあらためて意識し自分なりの価値を見つけている塩谷さん。「何かのため」と考えると、つい新しい習慣を取り入れる必要があると考えがちですが、あたりまえの日々の習慣を見つめ直すことも大切なのかもしれません。
 
塩谷さん:制作をしているとどうしても頭が熱くなってしまうので、それを落ち着かせるための習慣を意識するようになりましたね。たとえば自炊をするようにもなりました。料理は気持ちを切り替えるためにものすごくいいんです。瞑想みたいな時間になっていて、ニンジンの千切りにすごく癒やされます(笑)。しかも食べたらおいしいし、身体にも良いし、そして経済的。料理の時間は自分にとってものすごく大きい習慣になりました。

「好き」に夢中になり過ぎないように、俯瞰的に自分を見て上手な距離を取る。そのために入浴や料理という、もともと生活のうえで必要な習慣をこれまでとは違った角度でとらえ直すことで、自分自身がリフレッシュするための手段としているそうです。

塩谷さんが意識的に習慣に意味を見出すようになった背景には、過去の自分に対する後悔があるそうです。
 
塩谷さん:忙しかった当時は、本当にめちゃくちゃな生活をしていて、睡眠も夜中の2時から5時、6時とか。それが普通で、まったく苦にならなかったし、自分の体を気遣うという考えが本当になかったんですよね。でもそれで体調を壊したときに、前みたいに無理して体を動かすということができなくなって。
そこから、お風呂に入る時間をつくったり、食事を見直したり、そういうことはすごく気をつけるようになりました。私は熱中すると判断が鈍るところがあるので(笑)。熱中しすぎない距離感で冷静に自分の体や心を見て、そのうえで意識的に習慣をつくっているという感じです。

塩谷さんのお話を聞いていると、「好き」に傾ける情熱を持ち続けるために、あえて「好き」をセーブする時間や習慣も取り入れていることがわかります。

塩谷さん:(夢中になりすぎると)アドレナリンが出すぎちゃって、そうすると人間らしい心がなくなってしまうんですよね。絵も、ただ手で描いているなって感じで、心がこもっていない。その状態で絵が完成したとしても、いろいろなものを失うことになると思います。そういうことを肝に銘じています。
 

過去の経験を糧にして、現在を、そして未来をより良いかたちにつなげていこうと行動する。塩谷さんのお話には、人生を豊かにするためのヒントが隠されているような気がします。

塩谷さん:ありがたいことに、いまは絵を描く活動に集中できているので満足しています。ただ、心の状態は満ち足りていないという実感もあります。まだまだ描きたいものがあるし、やりたいこともたくさんあるけど、いまの心の状態に満足しないまま絵を描くのは、応援してくれているファンや友だちも望んでいない気がするんです。心を良い状態に保ちながら、もっといい自分にもなりたい。別にどちらの感情も持っていておかしくないなと思っていて。どちらも両立するには、やはり自分自身に合った習慣を続けることが大切かもしれないですね。

習慣は「やらなきゃ」ではなく、自分なりの意義を持たせる

「好き」に夢中になってしまうと、ついつい我を忘れてしまいがちですが、作品をより良いものにするため、自分の「好き」をこれからもずっと続けていくために自分を冷静に見つめ、上手な距離感を保つ塩谷さんの姿勢には学ぶべきところがたくさんありそうです。
 
そして、その手段として日常生活で無意識に繰り返している習慣が、「好き」とのバランスをとっているというのは興味深いところです。日々の習慣というと、どうしても「やらなきゃ」「しなきゃ」が先に来てしまい、何となく義務感のような気持ちが発生してしまうこともあります。ですが、そこに自分なりの意味や意義を見つけ、その瞬間をこなすためではなく、今日の自分、明日の自分につながるための行為ととらえたとき、「習慣」はこれまで私たちが知っていたのとは別の一面を見せてくれるのかもしれません。

LION Scopeでは、「習慣」についてこれからも広く・深く探究していきます。みなさんも「習慣」について一緒に考えてみませんか?
 
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