続かない習慣は「自分のせい」じゃない?脳科学から紐解いてみた。
早起きして語学の勉強をする、健康のため毎日ヨガをする等、良い習慣を身に付けたくても、なかなか思い通りにはいかないものですよね。新しいことを始めたけど全く長続きしなかった、という経験をお持ちの方はいるのではないでしょうか?
新年や新年度などに際して、決意も新たに目標を掲げたのに、しばらくすると熱い思いは薄れ、いつの間にか以前と変わらない生活に戻ってしまっている。
このようなことを繰り返していると、自分の「意志の力」や「継続する力」の弱さにガッカリしてしまいがちですよね。
しかし、脳科学の知見からは、そう悲観することもないという可能性が見えてきました。
今回は池谷裕二先生の著書「脳には妙なクセがある」から、「習慣」と脳科学の関係について考えてみたいと思います。
「意志」なんて無かった?
まず、脳科学的には、私たちの行動のうち、なんと「80%以上はお決まりの習慣に従っているだけ」であると言われています。これはどういうことなのでしょうか。
米国ノースイースタン大学のバラバシ博士らの研究によると、ヒトの行動パターンは平均93%もの精度で予測できると言います。この研究は5万人の携帯電話の位置データを3カ月に亘って調査したもので、不規則な生活パターンを取っている人でさえ、移動予測の精度が80%を下回ることはありませんでした。
つまり、私たちは自分の意識上では、「自由な意志」で行動しているつもりでいますが、実際には自分でも自覚できないような行動のクセがあり、知らず知らずのうちに行動パターンが決まりきってしまっているということ。
ほとんどは「お決まりの習慣に従っているだけ」だったと言うことができてしまいそうなのです。
では、「お決まりの習慣」ではない、「自由な意志」についてはどうでしょうか。
同書によれば、自由な意志は、脳からではなく「周囲との環境」と「身体の状況」で決まるのではないかと言います。
これは一体どういうことなのでしょうか?
米国ハーバード大学のパスカル=レオン博士らは、「指でモノを指してもらう」というシンプルな実験で「意志」の存在に疑問を投げかけます。
単純に「指でモノを指してください」とお願いすると、右利きの人の多くは右指を使ってモノを指します。左右どちらの手の指を使うかは本人の「自由」ですから、利き手を使うのは自然と言えるでしょう。
ところが、「左右どちらかの指でモノを指してください」と伝えると、右指を使う割合が60%に下がったとのこと。もともと自由な意志で選んでいたはずの右手を、「左右どちらでも良い」という「自由」をあえて示したら、逆に選ばなくなるという不思議なことが起きています。
この実験には更に興味深い続きがあります。私たち人間の左手は右脳が司っているのですが、被験者の右脳に、本人には気付かれないように磁気刺激を加えてみたそうです。すると右手の使用率が更に下がり、20%にまで落ちたと言います。
いずれの場合も、「指でモノを指してください」という同じ指示に従って「自由に」行動したはずです。それなのに結果が異なったわけですから、与えられた刺激によって意志自体が変化したということになるのです。
これらの研究から、そもそも「自由意志」それ自体が「錯覚」であり、実際の「行動」の大部分は環境や刺激への「反射」に過ぎず、普段の「習慣によって決まっている」ということが言えます。
つまり、新しい習慣を身に付けることが難しい理由の一つとして「(そもそも大部分が習慣によって)決まっている反射的行動を(ありもしない)意志によって変えようとしているから」というものが脳科学の見地からは挙げることができそうです。
このように言うと身も蓋も無い話のようにも聞こえますが、言い換えれば、決して私たち一人一人の意志の弱さなどが原因ではないということでもあります。これは少し勇気づけられる事実かもしれません。
脳は何をしているの?
また、私たちの脳の中では、一見無関係に思える多くの行動と心理作用で、同じ回路が共用されているという特徴があると同書では指摘されています。
代表的なのが「笑うと楽しくなる」という現象で、実際に楽しくなくても、「笑顔のような顔を作る」だけで快楽系の神経伝達物質であるドーパミンが放出され、脳が「楽しさを感じる」ようになっているのです。
これは私たち人間を始めとする生物が、進化の初期の過程で作り出した身体運動(例えば「笑みという表情を作る」)の回路を、後に他の目的(例えば「楽しさを感じる」)に転用したためと考えられています。
動作と感情の関係性にまつわる、同書でも引用されている面白い実験を一緒に見てみましょう。
マドリッド自治州大学の心理学者ブリニョール博士らは、姿勢が自己評価に与える影響を調べました。学生たちに自分の良いところと悪いところを書き出してもらう実験で、背筋を伸ばして書いた内容と、背中を丸めて書いた内容を比較するというものです。
すると、書かれた内容や項目数には違いが無いにもかかわらず、背筋を伸ばして書いたほうが、背中を丸めて書くよりも、書いたことに対する確信度が高くなったとのこと。姿勢の良し悪しが、自信の度合いを左右したのです。
私たちは、脳が精神や意識などの「心」と呼ばれるものを司っていると考えていますが、「楽しさ」や「自信」などの「心」すら、「笑顔」や「姿勢」といった「動作」に対する反応に過ぎないということになります。
これは先ほどの「意志は錯覚で、行動の大部分が反射に基づく習慣である」という話ともつながっているのではないでしょうか。
脳研究が蓄積してきた知見からは、私たちの脳は、入力された身体感覚を身体運動として出力する、「入出力変換装置」と捉えられると述べられているのですから驚きです。
脳に喜んでもらうには?
このような科学的事実から、私たちは、新しい習慣を上手く身に付けられなかったからといって、自分の性格などに悲観的になる必要はないと考えられるのではないでしょうか。
また、進化的な背景を含めて脳の仕組みを理解することは、習慣づくりにも役立つのではないかと考えています。
これまで見てきたように脳は、意志や決意などの「思考」や「情報」ではなく、何らかの運動による「身体感覚」を、入力として受け付けています。
さらに、様々なものがある「運動」の中でも、脳がより活性化する身体感覚の種類も明らかになっているようです。同じく同書から、米国デューク大学のクルパ博士らによる研究をご紹介します。
彼らはネズミのヒゲにモノが触れた時の大脳皮質の反応を記録するという実験を行いました。
すると、ネズミが自らヒゲを動かしてモノに触れた方が、(実験者がネズミのヒゲを触るなどして)受動的に触れるよりも、約10倍もニューロン(脳の神経細胞)が強く活動したそうなのです。
同じ「身体感覚」の刺激であっても、「能動的な運動」を伴うかどうかで、脳にとって非常に大きな違いが生まれることが良く分かる面白い結果ではないでしょうか。
脳と仲良く習慣づくり
今回、「脳」から習慣との関係を考えてみましたが、実は私たちの行動の80%以上はお決まりの習慣である、そして意志は与えられた刺激によって変化するという事実には我々編集部も驚かされました。
このような知見を踏まえると、新しい習慣を身に付けたいと思ったら、「決意を新たにする」「やる気を出す」「テクニックを調べる」というような「思考」や「情報」に頼り過ぎず、まずは「自ら身体を動かすこと」を最優先にしてみるのも良いのかもしれません。
「いつやるか」「どれくらいやるか」「どうなりたいか」などの計画や目標を綿密に立てる方もいらっしゃるかと思いますが、「自ら身体を動かすこと」は、脳にとって最高の入力になるのだと言うのですから。
例えば、「語学の勉強」という習慣を身に付けたい場合を考えてみます。この時、スケジュールや目標、学習法などについて検討したり調べたりする代わりに、とにかく学習行動を開始してみましょう。
特に、リーディングやリスニングなどの受動的な情報の刺激ではなく、ライティングやスピーキングなどの能動的な運動を伴う身体刺激を中心にしてみるという方法が有効であると考えられます。単語の暗記を行うにしても、単語帳を眺めるよりも音読する方が、脳にとってより良質な刺激になると言えるでしょう。
こうすることでニューロンが活性化するとともに、次の出力への変換(例えば「充実感を感じる」など)も行われやすくなると考えられますので、習慣化にグッと近付けるのではないでしょうか。
私たちは「習慣」というと、意志や努力によって継続するものと考えてしまいがちですが、進化の過程で生まれた脳の仕組みを踏まえると、まさに「案ずるより産むがやすし」とでも言うような視点が浮かんできました。
脳についてよく知り、脳を喜ばせて仲良くなることで、習慣自体をもっと前向きに捉えることができそうです。
LION Scopeでは、「習慣」についてこれからも広く・深く探究していきます。みなさんも「習慣」について一緒に考えてみませんか?
参考文献:池谷裕二『脳には妙なクセがある』(扶桑社)
▼LION Scopeの他の記事はこちら