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「承認欲求」と「出社」の意外な関係 ~どこで働く?働き方の習慣を見直してみる~

2020年からの新型コロナウイルスの流行で、私たちの暮らしは大きく変化することを余儀なくされました。コロナ禍が一応の収束を見せた2023年現在、通勤ラッシュは復活し、出社勤務も増えてきました。それでも、私たちが経験した働き方の大転換がなかったことになるわけではありません。

組織学を研究する太田肇先生は、これからの働き方の鍵となるのは誰もが持つ「承認欲求」を味方につけることだと指摘します。私たちの働き方の今とこれからを、「承認欲求」というキーワードを軸に考えてみましょう。



働く環境が変わり、仕事についての新たな「習慣」が生まれた

多くの人が不要不急の外出を控え、3密を避けることが推奨されたコロナ禍で、働くこととセットであった通勤・出社が難しくなりました。半ば強制的にテレワークをせざるを得なくなったことで、働く環境や仕事をする場所への意識も大きく変化。ペーパーレス化、DX化も加速し、コロナ前よりも業務効率が上がったという声も聞かれます。

「午前はテレワーク、午後は出社など、柔軟な働き方ができるように」

「テレワークは雑談や電話応対での中断がない分、集中しやすい」

また、出社しなくてもスムーズに仕事が進められるようにと、新しい習慣やマナーも育ってきているようです。

「オンラインミーティングでは、あいまいなニュアンスは伝わりづらい。言葉の定義を確認し、しっかりすり合わせを行うようになりました」

「大きくうなずくなど、オンライン会議での相槌は大袈裟なくらいを心がけています」

以前は当たり前の習慣だった通勤や出社、対面での打ち合わせや会議が、必ずしも当たり前ではなくなった今、会社に行くことや取引先を訪問することには新たな意味が加わった、と言えるかもしれません。

「雑談からアイデアが生まれることがあり、リアルに顔を合わせることのメリットを再確認。キックオフやブレストの日は、チームメンバーが出社して意見を出し合っています」

「とりあえず出社から、わざわざ出社という感覚に。久しぶりに顔を合わせたメンバーとは、積極的に会話をするようにしています」

画面では伝わりにくい熱量を共有するためならば、移動の時間とコストをかける価値がある、と多くの人が実感していることでしょう。
また、わざわざ時間をとってもらうことへの感謝や何気ない雑談ができることの喜びも、コロナ禍を経て私たちが改めて感じることになったオフラインの価値のひとつです。

仕事の満足感にも影響を及ぼす「承認欲求」

テレワークが第一選択だった状況は過ぎ去り、私たちはいま、もう一度働き方の習慣を考える分岐点に立っています。

在宅勤務が認められていても、「もういい加減出社したいよ」と苦笑いする人もいます。一方で、原則出社への切り替えによって「テレワークのほうが気楽だし、効率もいいのに」とため息をつく人も。組織学の権威で働き方研究の第一人者である同志社大学政策学部教授の太田肇先生は、正反対に見える両者の背景にはどちらも承認欲求の特徴が隠れている、と指摘します。

太田:「承認欲求とは、簡単に言えば『価値ある存在だと認められたい』という欲求です。承認欲求を満たすのは、称賛や感謝の言葉だけではありません。アイコンタクトや微笑み、うなずき、言葉にできない空気感のようなもの、その無数のコミュニケーションのなかで、わたしたちは『自分は価値のある存在だ』と確認し、承認欲求を満たしています。
例えば、会議で発言すると、全員がじっと自分の言葉に耳を傾けてくれる。メモをとっている人の姿も見える。そうした仲間の様子は『自分の発言は一目置かれている』と感じさせてくれるものです。
こうしたノンバーバルなコミュニケーションは、テレワークでは限界があります。在宅勤務が認められていても出社をしたいという心理の裏には、承認欲求が十分に満たされないことへの不全感が要因の一つとして考えられます。」

一方で、出社にわずらわしさを感じてしまう人の心理にも、承認欲求は関わっています。

太田:「日本では、大部屋で仕切りのないオフィスがよく見かけられます。『上司が帰るまでは退勤しづらい』『上司に頼まれたことは、自分の仕事より優先してやらないと』といった声がよく聞かれるのは、部下が常に上司の視線を意識させられる大部屋オフィスにもその一因があるのです。
このようなオフィスは、上司の承認欲求は十分に満たされる反面、部下が疲弊しやすい構造と言えるでしょう。その点、オンラインの画面には、上座も下座も無く関係性がフラットになります。上司や先輩の顔色を伺うことなく発言しやすく、消極的だった社員がオンラインでは堂々とアイデアを発言するようになった、という例も珍しくありません」

承認不足から出社を求め、承認疲れから出社に後ろ向きになる。働く環境や習慣を考えるときには、誰もが持つ承認欲求の御し方にも思いを馳せる必要があることが見えてきました。

働き方の主流はハイブリッド型にシフト?

ライオン新本社も様々なワークスペースを設置し多様な働き方を推奨。

数々の研究からも、承認欲求は私たちが満足感を持って働くための重要な鍵となることが示されています。

太田:「私が行なった研究では、他人から認められると自己効力感やモチベーションが高まることがわかりました。実証実験でも、承認欲求が満たされると、仕事のパフォーマンスが上がることが明らかになっています」

こうした研究を踏まえ、太田先生は「今後は出社とテレワークのハイブリッド型の働き方が定着していくだろう」と予想します。

太田:「出社と在宅のどちらが優れているかという二者択一ではなく、出社と在宅勤務に加え、サードプレイスも活用しながら、仕事内容に応じて使い分けていく働き方が主流になるのではないでしょうか。
チームビルディングやスピード感のある議論をしたいときには出社、集中して作業をしたいときは自宅やカフェ、ネットワークを広げ、新しい情報へのアンテナを巡らせたいときにはコワーキングスペースや外部の研究会、情報交換会などのサードプレイスと、目的に応じて働く場所も変えるスタイルが定着していくだろうと考えます。
多様な働き方を許容することが、結果的には働く人が互いに認め合い、自由にコミュニケーションをとることにもつながっていきます」

新時代の人間関係こそ「恩」と「義理」

決まった時間に、決まった場所に行って、決まったメンバーと仕事をするという従来型の働き方の習慣が変わるとすれば、おのずと職場でのコミュニケーションにも変化が生まれるはずです。

太田:「承認欲求を満たしながら、ハイブリッド型で生産性の高い仕事をしていこうと考えるならば、『恩と義理』がキーワードになるのではないか、と考えます。非合理的と思われるかもしれませんが、このような考え方はビジネスにおいては実は先端的です。
恩と義理という非金銭的な交換を重ねることで、そこには濃い信頼関係が築かれていきます。上下関係がはっきりしていた従来型の職場では、極論すれば信頼がなくてもトップダウンで押し進めるようなやり方もできました。
しかし、これからハイブリッド型の働き方が定着すれば、上司と部下、発注主と受注主も対等な関係であるという意識が広まっていくでしょう。対等な関係においては、信頼やチームの結束力が一層重要になります。そのときにやはりポイントとなるのが、承認なのではないか、と思うのです」

太田先生は、働く人がお互いに承認欲求を満たしていくひとつの方法として、社内でも呼称を肩書ではなく「さん」にし、互いに敬語で話すことを勧めています。

太田:「普段の口調は、関係性にも影響します。相手を尊重する話し方をしていれば、パワハラも起きにくいでしょう。また、自分から承認するということも大切です。部下は上司から評価されるもの、上司は部下から尊敬されるものといった一方通行の承認ではなく、新入社員であっても上司をねぎらい、感謝するという承認の方法もあるわけです。フラットな関係性で対等な承認行動を意識していくことが、円滑で気持ちいいコミュニケーションの軸になるでしょう」

朝起きたら何はともあれ会社に行く、という習慣がリセットされ、どんな働き方が心地いいのか、どうしたらもっと生産性が上がるのかと考える機会にもなったコロナ禍。働くことについての新しい習慣を掘り下げてみると、そこには私たちがもっと心地よく、意欲的に働くためのヒントが隠されていました。

承認欲求やフラットな関係性というキーワードを手掛かりに、これからの働き方や仕事の習慣について、もう一度考えてみませんか?

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